平凡な日々

 
 でもそれが一番幸せ。
 

この日

 今日、私にとっては特別の日です。 


 私以外は誰も気にしてないだろうけど。





 これを誰かに話したくても、話せない


 書くか書かないか


 これはいつも思うこと。 


 聞いてもらいたいって思うのにできないこと。


 だから、その関係のサイトにだけ


 毎年こっそりメッセージを残してきた


 ただ言いたくて


 ただ自分だけが


 自分を慰めるために書いてたようなもの。





 知らない人になら


 誰にも言えないことを言えるかな、って実は始めたのがこのブログ。


 でも、たくさん知り合いになってしまった。笑。






 「こたろう」は私の生まれてこれなかった息子の名前。





 私は彼を身ごもったのを知った日


 「また5年この子が学校に行くまでか」なんて


 ひどいことを思ったバチがあたりました。


 確定診断を受けるときに心臓が動いてて


 3人目が自分にできるっていうのがすごく嬉しかった。


 けど、それは一番むごい形で


 自分が責任をとるという形で


 彼は私から去ってしまった。






 死んだ子の年を数えてはいけない、っていうけれど


 数えずにはいられない。


 あの子が生きていたら、私があの時あんなひどいことを思わなければ


 神様は私にあの子を与えててくれたはず。


 こんなひどい母親に、こんなかわいい子を預けれるもんか、って思ったんやろうね。






 彼の命をはぐくむと同時に


 彼の命の決断をせまられ


 自分を責め続けて


 旦那にも怒鳴って


 泣いて


 泣いても泣いても決断がわからず


 そうしてる間もこの子は確かに私のお腹で育ってる


 





 愛おしさと地獄の毎日







 「どんな選択をしようが、あなたの選択に私たちは寄り添います」


 なんて言葉は、なんの助けにもならんかった。


 カウンセラーに行っても、なんの助けにもならず


 時間は過ぎていく


 この子が自分で命を決めればいいと、生みたいと言えば


 「生まれてからもこの子を苦しめるのか」って言われ


 どんな選択をしたところで


 私はこの子を苦しめるのね


 ならば、この子が小さいうちに


 ならば、私が罪を背負って生きていくしかない。




 


 あなたがこの子を身ごもって


 あなたがこのむごい決断をくだして


 そんな言葉をはきちらし


 


 




 最後のウルトラサウンドでも


 全身の浮腫みは祈りもむなしくそのままで


 それでも小さな手足を一生懸命動かしてた。



 


 そんなお前とあと少しでお別れするなんて


 お母さんに生んでもらえないなんてね


 ひどいよね。




 毎日目がさめては


 夢ではないんやね、って。







 毎年この日は私の涙の日


 誰にもばれないようにこっそり泣く






 空の上のばあちゃんや


 おっちゃん達や


 ご先祖さんたちが


 あの子を抱いてくれてるやろうか。





 いつか私が上に行ったとき


 彼は私を許してくれるやろうか。





 逢いたい