平凡な日々

 
 でもそれが一番幸せ。
 

小さすぎるか十分か

 今日のバンクーバーは快晴でした。

 
 最近仕事をしだしたのもあってか身体が重く、お休みなんで久しぶりに鍼に行ってきた。



 前にブログで登場したコミュニティー鍼やさん、Accupancture HUB。
 本当に通いやすいお値段なんで助かります。



 今日はカッピングも一緒にやってもらって





(閲覧注意)









 背中、えらいことになってます。


 でも、すっきりした。




 最近以前子どもたちが通っていた小学校のメールが騒がしい。


 未だに受信解除してないんで来てるんですが、それがこんな話題。




 「うちの5歳の息子が今日学校の担任の先生からこんなことを話しした、と聞いた時、本当にショックを受けたわ。 大騒ぎするつもりはないけど、心の準備ができてない親たちにはちょっと注意した方がいい問題だと思う。 こっちは学校で先生たちがどんな話や教育をしているのかわからないし、私はちょっと不満を持ってるんだけど、皆はどう思う?」



 というのが出だしでした。


 何々~!って興味深々。 と、いうのも、MsRは結構ストレートというか、ちらほらと文句もうちらの時代にでてたのよね。


 内容はこんなの。



 「うちの息子は今日、Ms.Rから『もし、そうなりたいのであれば、男の子はもちろん女の子になっても構わないし、女の子だった子が男に変わったってそれはかまわない、しかも、そんな内容のビデオをみせてたみたいなのよね、でも、うちの息子も小さいからまだ、なんて説明したらいいのか混乱してて私もそんな風なことだろうと想像したんだけど」



 云々。



 「そして、最後にはまだ5歳の子たちには早すぎる問題だと思う!」



 どうもトランスジェンダーの話のようです。






 ほおおおおお~~~~~。





 同性同士の結婚が認められてるカナダ。 しかも、その辺にゲイ、レズビアン、トランスジェンダー、公にしてる人がたくさんの(特に)バンクーバー。



 それでもこの問題はセンシティブな問題です。




 なかなか皆にとってビックリするような事でもあるし(当人、親、友人や周りの人たち)もちろん世の中にはいろんな人がいるので、それを否定する人も受け入れる人ももちろん。



 そこからやっぱり返信してくる方々も、慎重に言葉を選びながら自分の思いや考えを押し付けず、とても興味深いものでした。





 「特に気にしなかった、5歳という年齢にそんなに警戒することはない、でも、そういうビデオを見せてくれて教室でお話ししてくれて、親としてもどうやって説明したらいいのかわからりにくい問題を取り上げてくれるのはありがたいこと」


 「私は5歳は早すぎるという意見に同意する。 しかも、それらを話しするって親に最初に伝えるべき」


 「ドクターの報告によると、小さくても適した教材であるのであれば、年齢は小さければ小さい方が、将来的に偏見もいじめも抑制できる効果があるといわれている」



 などなど。


 どれもわかる返信です。



 そして、



 「うちの学校にも、今これから彼が彼女として生きていきたくて、名前もタイトルも(Sheとして)変えるって人がいるんだし」



 って、書いてあって。




 ん?ってなった。




 彼は私も知ってる人で子どもたちも本当にお世話になった学校関係者。


 どこから見ても男性で(当時は)、うちの子たちも「彼」として接してきた。 年齢も私より10才は上だろうと思うのですが、彼が彼女として生きていくことに決めたから、それもあってこの教育がなされたんやろう、という返信。



 先生方もいろいろと勉強されてるようだし、ましてやそういった方がこのコミュニティーにいて子どもたちも実際一緒に状況を共有することができる、って本当にいいことだと、あるお母さんのご意見。そして、サポートしていくべきことだと。



 私も実際ここにくるまで、そういった方たちを会う機会がなかった。



 きっと、そうとは言い出せない世の中でもあったし。彼ら自身も自分に起こっていることに混乱してた時代だったと思う。



 ここにきて近所を歩けば必ずと言っていいほどそういった人達をみて、そういう中で育ってきたうちの子供たちにとっても、「彼が彼女になった」ということを伝えたときには、もちろん本当にびっくりしてた。



 でも、それは本当に素直な反応だと思う。




 で、次に出た言葉は、「そんなん全然わからんかった、でも、そうやったんやなあ。 別にいいよな。 じゃあ、これからは呼び方もShe, 呼び名もこっちに変えるんやな」って。





 ただそれだけ。



 どんな年齢であろうと最初聞いたときは驚きはある。



 私は最初このメールを見た時に、どんな話やろうと思って読んだけど、彼女は、もちろん否定するつもりはないけど、一言子どもにこんな話をします、って学校側からのお知らせと、まだ5歳にはこういう話は早いのでないか、ってことやった。



 お知らせすべきかすべきでないか、と言えば、私は学校側はやっぱりこういった状況の話は保護者にはするべきやったと思う。
 色んな意見があるし、センシテイブな問題やし。



 5歳が早いか早くはないか。



 私は、子どもたちが性教育を受ける時に(うちの学校は1年生からあった)小さければ小さいほど、きちんとした教育をしたら、思春期を迎えるときにそれが普通の教養として頭に入り、大きくなってから変にまた聞きで聞く「性教育」となるとそれに「色」がついて、それが「いけないもの、恥ずかしいもの」としてとらわれる傾向にある、とその性教育をしてくれる専門の団体の方が言ってた言葉が基本にあると思う。



 だから親もきっちり子どもに聞かれたときに、それが「恥ずかしいもので、隠さないといけないもの」ということではないと、はっきりと教えてあげられるべきであると思う。



 今回の題材はそれよりもっと奥深まったものであって、だからこそ、この社会、どんなところからどんな情報として入ってくるかわからないのだから、子どもが疑問に思ったときや、そういった話がでれば、自分の考えとそれについての話題の共有が子どもと必要やと思う。



 私は皆から言わせればオープンな家庭で育ったといわれる。


 だから免疫がついてるのか、そういった話はタブーにはしてない。
 


 子どもが性教育を受けてきた夜、小さい頃はそれを面白がってよく話をしてくれた。 でもそれは5歳児にとって普通の反応だということを私はナースに聞いていたのでそれをふんふんと聞いた。



 3,4年生になると性教育をした日にはその話題があまり出なくなった。
 なので私はあえて、どんな話があったのか聞いて彼らの反応をみた、聞いても「あった」とだけで話したがらなかった。


 5年生になると、聞けば女の子はこうで、男の子はどうでと向こうから教えてくれるようになったし、6年生になった時はすでにコンドームの使い方も、それがなぜ必要なのかというのも彼らは知っていた。 




 年齢が低すぎる、まだこの年齢ではだめ、と思うのは大人であって、子どもは知識として頭に入れてるだけ。 素直に。



 それと同じプロセスだと思う。 




 世の中にはまだまだ未知なことがいっぱい。


 


 子どもたちにはいろんなことを考えて、それを認められる人、そして、自分を持っている人になってほしい、そしてこのお母さんが上げてくれたメールのお陰で、私も色んなことを考えたし、色んな人の意見が読めて本当に良かったし、楽しかった。



まだまだ情報の共有は続いてるので今後の展開も楽しみです。